『続後撰(しょくごせん)和歌集』 藤原為家 撰(1251年)

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『続後撰和歌集(しょくごせんわかしゅう)』
・小倉百人一首、第十番目の勅撰集。
・勅撰者は後嵯峨院(88代
・撰者は藤原為家(藤原定家の子)

成立年:1251年(建長3年)

特徴:承久の乱後の内裏歌壇の復興を目指し、新古今歌人の歌や藤原定家・為家ら新世代の歌人を多く収め、新古今時代の流れを汲みつつ、やや平淡な歌風が特徴の歌集

『新勅撰(しんちょくせん)和歌集』 藤原定家 撰(1235年)

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『新勅撰和歌集(しんちょくせんわかしゅう)』
・小倉百人一首、第九番目の勅撰集。
・勅撰者は後堀河天皇
・撰者:藤原定家(さだいえ/ていか)(97)

成立年:1235年(天暦5年)

特徴:『新古今集』の華麗な歌風とは異なり、平淡で優雅な歌風を特徴とし、武家(幕府側)の歌人も多く取り入れられたため『宇治川集』とも呼ばれ、二条家を主流とする中世歌壇の方向性を決定づけた重要な歌集

『新古今(しんこきん)和歌集』 藤原定家 他撰(1205年)

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『新古今和歌集』(しんこきんわかしゅう)藤原定家(ふじわらのていか)(97)撰(1151年)
・第八の勅撰和歌集。ここまでを「八代集」と呼ぶ。
・82代 後鳥羽院の院宣。
・象徴的、余情的表現が特徴。

<成立>
元久2年(1205年)

<編者>
藤原定家(ていか/さだいえ)
藤原家隆(いえたか)
源通具(みちとも)
藤原有家(ありいえ)
藤原雅経(まさつね)

<代表的な歌人>
西行(最多)、慈円、藤原良経、俊成、式子内親王、定家、家隆、寂蓮、後鳥羽院。

<特徴>
・後鳥羽院の親選的性格が強い。

<歌数>
1980首

 

『千載(せんざい)和歌集』 藤原俊成 撰(1188年)

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『千載和歌集』(せんざいわかしゅう)藤原俊成(ふじわらのとしなり/しゅんぜい)(83)撰(1188年)
・第七の勅撰和歌集。
・77代 後白河天法皇の院宣。
・しみじみとした余情美(幽玄)が特徴。

<成立>
文治4年(1188年)

<特徴>
単なる写実ではなく、言葉の外に漂う情緒や余韻(美意識)を重視した。

<代表的な歌人>
源俊頼(最多)、藤原俊成、西行(円位法師)、式子内親王、待賢門院堀河など。

 

『後拾遺(ごしゅうい)和歌集』 藤原通俊 撰(1086年)

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『後拾遺和歌集』(ごしゅういわかしゅう)藤原通俊(ふじわらのみちとし) 撰(1086年)
・第四の勅撰和歌集。
・72代 白河天皇の勅命。
・女流歌人が目立つ。

<成立>
応徳3年(1086年)

・和泉式部(いずみしきぶ)、相模(さがみ)、赤染衛門(あかぞめえもん)、伊勢大輔(いせのたゆう)など女流歌人が目立つ。

 

『拾遺(しゅうい)和歌集』 花山院 撰(1005年)

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『拾遺和歌集』(しゅういわかしゅう)花山帝 撰(951年)
・第三の勅撰和歌集。
・65代 花山天皇の撰、もしくは藤原公任の説も。
・平明優美な歌風が特徴。

<成立>
寛弘2年(1005年)

・『古今和歌集』、『後撰和歌集』、『拾遺和歌集』を三代集という。

 

『後撰(ごせん)和歌集』梨壺の五人 撰(951年)

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『後撰和歌集』(ごせんわかしゅう)梨壺の五人 編(951年)
・第二の勅撰和歌集。
・62代 村上天皇の勅命で選ばれた。
・詞書が長くなり、物語化の傾向が強まる。

<成立>
天暦5年(951年)

<撰者>
「梨壺の5人」
•  清原元輔(きよはらのもとすけ)(42)・・清原深養父(36)の孫。清少納言(62)の父。
•  大中臣能信(おおなかとみのよしのぶ)(49)・・伊勢大輔(61)の祖父。
•  源順(みなもとのしたごう)・・三十六歌仙の一人。
•  紀時文(きのときぶみ)・・紀貫之 (35)の息子。
•  坂上望城 (さかのうえのもちき)・・坂上是則(31)の息子。

 

 

『古今(こきん)和歌集』紀貫之ほか 撰(905年)

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『古今和歌集』(こきんわかしゅう)紀貫之ほか 編(905年)
・最初の勅撰和歌集。
・60代醍醐天皇の勅命で選ばれた。
・優美で繊細な歌が特徴。

・成立:延喜5年(905年)

<撰者>
・紀貫之(きのつらゆき)
・紀友則(きのとものり)
・壬生忠岑(みぶのただみね)
・凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)

・後世の和歌の美意識(雅さ)の模範となる。

・巻頭の「仮名序(かなじょ)」(平仮名の文)は紀貫之。
「やまと歌は、人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける」

巻末の「真名序(まなじょ)」(漢文)は紀淑望(きのよしもち)。

・歌数は約1100首。