『更科日記』菅原孝標女(1060年頃)

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『更科日記(さらしなにっき)』菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)(1060年頃)
・作者の40年間の回想記。
・物語に憧れて育ち、上総(かずさ)から上京。晩年は信仰に生きる。
・『蜻蛉日記』の作者は叔母。

<成立>
康平3年(1060年)頃。

 

『紫式部日記』紫式部(1010年頃)

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『紫式部日記』紫式部(1010年頃)
・前半は中宮彰子に仕えた宮廷生活の記録。
・後半は消息文(書簡形式で、個人的な意見や感情を述べたもの)で、清少納言ら女房仲間の人物批評など。

<成立>
寛弘7年(1010年)頃。

 

『蜻蛉日記』藤原道綱母(974年以降)

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『蜻蛉日記(かげろうにっき)』藤原道綱母(みちつなのはは)(974年以降)
・最初の女流日記。
・藤原兼家との21年間の結婚生活を描いた。
・私小説風の回想的日記。

<成立>
天延2年(974年)以降。

 

 

『土佐日記』紀貫之(935年頃)

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『土佐日記』紀貫之(935年頃)
・かな文で書かれた最初の日記。
・女性を装って書かれた。
・土佐から京都までの55日の船旅の日記。

<成立>
承平5年(935年)ごろ。

 

 

『和漢朗詠集(わかんろうえいしゅう)』 藤原公任 撰(1013年)

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『和漢朗詠集』(わかんろうえいしゅう)藤原公任(きんとう)撰(1013年)
・歌謡集。二巻。
・朗詠のための漢詩・和歌など

<成立>
長和2年(1013年)ごろ。

・朗詠のための漢詩約590句、および和歌約220首を、四季・雑に分け、それぞれをさらに細かく部類して収めた。

※「朗詠」とは一定の節をつけて歌う日本の歌曲の一形式。現代の詩吟の先祖のようなもの。笙(しょう)・篳篥(ひちりき)・横笛の伴奏に合わせて、詩文を長く引きながら朗々と歌い上げる。

・出典は「白氏文集」が最も多い。

 

『千載(せんざい)和歌集』 藤原俊成 撰(1188年)

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『千載和歌集』(せんざいわかしゅう)藤原俊成(ふじわらのとしなり/しゅんぜい)(83)撰(1188年)
・第七の勅撰和歌集。
・77代 後白河天法皇の院宣。
・しみじみとした余情美(幽玄)が特徴。

<成立>
文治4年(1188年)

<特徴>
単なる写実ではなく、言葉の外に漂う情緒や余韻(美意識)を重視した。

<代表的な歌人>
源俊頼(最多)、藤原俊成、西行(円位法師)、式子内親王、待賢門院堀河など。